パーソナルスペース

人物を撮る写真家というと、みんな「よく喋る押しの強い人」という印象がある。撮影現場の映像とか流れると、撮っているのか喋っているのか分からない人までいる。

昔読んだ写真の本には「人物の撮影では相手をリラックスさせるために話しかけましょう」と必ず書いてあった。

口下手で人見知りの僕は、カメラマンになりたての頃、撮影中は一生懸命話しかけなければならないものと、かたく思い込んでいた。でも話しながら撮れるほど器用ではないし、途中から何を言っているのか自分でも訳が分からなくなるしで、最後には頭のてっぺんから裏声が出る始末。

ひどい自己嫌悪に陥っている時に「写真家の沢渡朔は一言も喋らない」という話を聞いた。なんでも山口百恵を撮ったときに「こっちを向いてくれ」と言えなかったというのだ。これは篠山紀信本人が言っていたのだから本当だろう。

「エッ! 喋らなくてもいいの?」。沢渡朔はあこがれの写真家だ。あの人が喋っていないなんて。それならと僕も撮影中に話しかけるのをやめてみた。あたりまえだが話しかけなくても写真は撮れる。逆に集中できて具合がいいではないか。出来上がった写真もなんとなくよくなった気がする。それからは「喋らないカメラマン」で通すことに決めた。立ち位置と目線の位置を指示する以外は黙って撮る。少ない枚数で集中して撮る。抽象的な言葉は使わず、具体的な指示だけを出す。これが僕のスタイルとなっていった。

(『旅するカメラ』「イイネサイコー」2003年 より抜粋)


以前のプロフィールには「ポートレートを中心に活動」と書いていたくらいだから、仕事として人物撮影をしていた時期が長かった。様々な職業の人に会うのが仕事で、アイドルを撮っていたこともある。

とはいえ、最初からポートレートを撮っていたわけじゃない。スポーツを撮るカメラマンからスタートしたから、スタジオ撮影なんてまったく知らなかったし、どうやってポーズをつけていいのかもわからなかった。

僕はちゃんとしたアシスタント経験はないから、その類の本を読んで覚えようとしていた。仕事がきてから本を買いに行くのだから、付け焼き刃みたいなものだ。昔のそうした「ポートレートの撮り方」っていう本を見ると、判で押したようにちょっと長めの焦点距離の85ミリとか135ミリとかの明るいレンズを使用すると書いてある。今もそうかな。

30年前は、ポートレートに300ミリのf2.8を使うのが流行っていた。仰々しくてなんかプロっぽいかなと思って、僕も使ってみたのだが、望遠レンズのせいでモデルが遠くにいるから、風が吹くと声が届かない。それでアシスタントが伝令として「右を向いてください」と僕とモデルの間を往復する羽目になった。

たしかに背景を処理することはできるのだが、わざわざ重いレンズを三脚につけて使うメリットは感じられなかった。というより望遠レンズだと、人物を撮っているという気がまったくしない。

僕がポートレートで使うレンズは、ほぼ標準レンズ。ハッセルやローライを使うことが多かった。35ミリなら50ミリの単焦点か24ー70ミリのズーム。85ミリでは長すぎるからだ。

ポートレートを職業にする人の多くも、標準レンズを使っている。望遠レンズを使う人は意外と少ない。アイドルを撮るカメラマンもそうだ。なぜかといえば望遠レンズを使うと被写体が離れてしまうからだ。ポートレートは被写体との距離が一番大事だから。

でも、寄ればいいってものでもないし、離れすぎれば面白くない。ズームレンズを使う場合でも焦点距離はあらかじめ決めていて撮影中にグリグリと回すことはないものだ。単焦点標準レンズであれば、アップにするためには触れられるくらい寄らなければならない。

パーソナルスペースという言葉があって、人は他人には入られたくない距離がある。それは関係によって変わり親と子、恋人、友人、他人と関係が変わることで距離も変化していく。

通常なら約80センチ、手を伸ばせば触れられる距離。そのパーソナルスペースをはさんでの攻防がポートレート撮影の面白さなのだ。望遠レンズは面白くないといったのは、安全地帯から覗いているようなものだからだ。

このパーソナルスペースということを、最初に意識させてくれたのが篠山紀信だ。70年代後半から80年代にかけての小学館『GORO』や『写楽』といった雑誌のグラビアはすごかった。コンセプトは「隣のお姉さん」。

それまでは裸になるのは「職業」だったのだが、篠山紀信の撮るのは素人。それがブレていたりボケていたりしながら写っている。

そこに読者は初めて、グラビアの中の女性に、パーソナルスペースを越えた近さを感じたのだ。それまでのピントがきちんと合って背景が美しい場所での写真とはまったく違った「反女性写真」だった。

渡部さとる写真ワークショップ2B&H

江古田(練馬区)で14年間続けてきた「ワークショップ2Bは、事務所ビル建て 替えにより、場所を阿佐谷(杉並区)に移し、「H」(エイチ)と名前を変え年 月から新規にスタートしています。