比べてみました

ハッセル対ローライというのも興味深い対決だ。同じプラナーという一種神格化している感のあるレンズを配している。ほぼ同じ年代に製造されたローライ2.8Fプラナーとハッセル500Cプラナー80ミリF2.8を比べてみた。

ものの本によると、ローライの方がミラーの影響を受けずに設計できるわけだから性能は高い、と書いてある。果たして本当なのか?  

ストレートに焼いたプリントでは、同じ露出で撮ったのにもかかわらず、ローライのほうが、はるかにコントラストが低く、全体的に暗くベタッとした印象を受けた。対してハッセルは、コントラストが適度につき明快な感じだ。やや骨太な描写で、覆い焼きや焼きこみをしなくてもほぼ満足のいくものが仕上がった。  

ローライは、そのあと覆い焼きや焼きこみを繰り返し、徐々に完成プリントへと近づける作業が続いた。焼けば焼くほどその表情が変わり、最終的に納得の1枚は、チリチリと細かい描写なのだが印象はきつくなく、眼を近づけて見るとトーンの豊かさを楽しむことができる。

(2004年『旅するカメラ2』「対決」より抜粋)

 

男は「比べる」ことが好きなんだろうな。男性誌の基本は「スペック比べてみました」であり、細かい違いに一喜一憂している。比較するという行為において思い込みというバイアスはかなりやっかいである。

最初から結果が分かっていることについては、それに従うような物の見方をするものだ。ローライはこういう描写でハッセルはこう、だからプリントはこうなる、と。当時は分かっていたつもりでいたが、実は比較というものはそんなに単純なものではなかったのである。

 

2Bワークショップの新年会では、余興でクイズを出題するのが恒例となっている。値段の張るカメラやレンズと安物それで撮ったプリントを並べて「どちらが高いカメラでしょうか」というものだ。

きっかけは、あるときローライコードという5万円前後で売っているカメラを持っていた男が、ローライフレックスという18万円するカメラがどうしても欲しくなった。彼は奥さんを懸命に説得する。しかしローライ社のコードとフレックス、見た目はほとんど変わらない。まあ普及版と高級版という位置づけなのだが、知らない人にとってはまったく同じに見える。奥さんに「そのふたつのカメラの写りはどのように違うのか」と問い詰められる。

そこで彼は、ローライフレックスを持っている友人からカメラを借り受けると、自分のローライコードで同じものを撮影しプリントしてみることにした。彼の目論見では「ほら、こんなに違うんだよ」と言って見せたかったんだろう。

ところが10枚ずつ六つ切りにプリントしたものを並べてみたら、どちらがどちらだかさっぱり分からない。

「渡部さんなら分かりますか?」と持ってきたものを見せられたが、僕にも全然分からない。いや、これでもローライフレックスを使い続けて数十年だ。無論ふたつのプリントの違いは分かる。でもどちらが値の張るローライフレックスだか分からないのだ。ルーペを持ち出し重箱の隅をつつくような見方ですら決定的な差は分からずじまい。

それを皆にも見せようということになり、新年会の余興にしてみた。ワークショップの参加者にはカメラとレンズについて一家言あるものが多い。しかし案の定「コードはコントラストが高くて、解像力はフレックスのほうが云々」と言っていたほとんどが正解率5割。当てずっぽうでも2卓なら確率5割、つまりわかっちゃいないということと一緒だ。

それ以来、毎年ライカやハッセルといった高級機vs3万円くらいの普及品というのをやっているのだが、分かりそうでいて分からない。そして毎年新年から己の見る目のなさを露呈することになるのだ。

さて2017年正月、ライカM9vsiPhone7plusの対決となった。M9には新型ズミクロンがついている。新品で買えばセットで150万円くらいだろうか。カメラの王様ライカに対するiPhone7plusは10万円。A3ノビに伸ばされた両者のプリントに、価格差15倍の差はあるのか。ある意味究極のクイズだ。

結論から言えば、なかったのである。実験を始める前は「今回ばかりはバレバレだろう」と思っていたのに条件さえ整えばむしろiPhone7plusのほうが良く見えるではないか。むろんM9の性能を最大に引き出しているレタッチをしているわけではないし、モニターで等倍まで拡大すればその差は出てくる。条件の悪い光ではiPhoneの性能はM9にかなわない。

しかし条件が整った場所での撮影では、A3ノビまで引き伸ばしたプリントでここまで差がないとは思いもしなかった。

いや、双方のプリントの相違点を上げるのは簡単なのだ。でもどちらがM9であるかということは分からない。iPhoneは画面の周辺の写りが甘いだの、ハイライトが出ないだのというのを期待していたのにも関わらず、そのような欠点はプリント上ではまったく見つからなかった。当然その年の新年会の正解率も惨憺たるもので、多くが「ライカを使う資格無し」の烙印を押されてしまったのだった。

後日、ニューヨークでファッションフォトをレタッチしているプロのレタッチャーから完璧に調整プリントされた最新式カメラソニーα7R2とiPhone7plusの比較プリントを見せてもらったのだが、やはりパッと見ただけでは双方の差は分からなかった。

山の木の葉の一枚一枚を比較して「たぶんこっち」という具合だ。むしろ雲の出方などはiPhone7plusのほうが好ましいではないか。その時たまたまいたカメラマンのOは見事に間違えた。彼はくやしそうに「だってこっちのほうがきれいじゃないですかあ」。

それは正しい意見だった。iPhoneおそるべし、である。

渡部さとる写真ワークショップ2B&H

江古田(練馬区)で14年間続けてきた「ワークショップ2Bは、事務所ビル建て 替えにより、場所を阿佐谷(杉並区)に移し、「H」(エイチ)と名前を変え2018年4月から新規にスタートしています。